2012年6月17日日曜日

Big Tent Moscow

Big Tent Moscow のテーマは "The Internet in Russian Society" ロシアの社会でのインターネット。

ロシアのインターネットの現状ざくっと:1800万人がブロードバンドアクセスあり。現在はインターネットがロシアの GDP にしめる割合は 2% に過ぎないものの、インターネット関連の中小企業やスタートアップ、テクノロジー業界は急速に成長しており、2015 年には GDP の 5% に達すると予測されている。

ブログ記事:Opening the Big Tent in Moscow

ハイライト動画



いわく、「今まではインターネットがどう世界を変えていくのかが面白かったんだけど、今は世界がどうインターネットを変えていくのかも面白くなっている」「インターネットは脆い物だと理解した方がいい。ロシア政府の中には中国流にしたいと夢見ている人がたっくさんいる」

少しずつ見ているところですが、ロシア語で行われたセッションを英語に翻訳し、更に今日本語でブログに書いているという lost in translation しまくりな感じ (^^;;しかも超過激な発言とかに聞こえるのは通訳のせいかもしれないので、若干オブラート気味に。

Arkady Dvorkovich, aide to the Russian President


ロシア社会においていかにインターネットが重要な役割を果たしているかについて、メドベージェフ大統領の経済顧問を務める Arkady さんが説明。



Internet in Civil Society



ロシアで開催されるこのカンファレンスのこのセッションのテーマが「政府がどのように市民から情報をクラウドソーシングで集め、公職に役立てるか」「参加型民主主義におけるインターネットの役割」「インターネットがどう政権の透明性を高めたか」。。。であるということが興味深い。ついでに言っちゃうと、セッションの最初の質問が「Wikileaks って未来なんですかね?」最後の質問が「ロシアのインターネットって中国みたいになっちゃうんですかね?」っていう。。。日本人的に見ると非常にごっつい感じです (^^;;

パネリストは
Jeff Jarvis, Author and Blogger Buzzmachine.com
Elena Paniflova, Founder and Director Transparency International Russia
Jonathan Gosier, Developer and Director of Metalayer
Raf Shakirov, Journalist BigGov.rf


冒頭に流れる動画は「ロシアの国民に聞いた。インターネットってなあに」なのですが、「Facebook」「24時間中20時間をしめているもの」「機会 opportunity」「家で働けるようになった」「簡単にスパイできる」「自由」「聞いたこともない」など、非常に多様です。

「Is Wikileaks the future? Wikileaks が未来なんですかね?」という質問に対して、Jeff さんの回答は「Wikileaks が未来ってことはないけど、たくさんの教訓を与えてくれた」企業にしても政府にしても、「公開されてしまったら肩身が狭いようなことはやるな」ということだ。Wikileaks によって公開されたデータで、ポジティブな結果を与えてこともある。チュニジア国民が不審に思っていたことを Wikileaks が明らかにし、それがアラブの春につながったとも言える。もちろん Wikileaks だけでこれらが起きたわけでも Twitter や Facebook だけでこれらが起きたわけでもないが、トリガーの一つだったことは確か。政府に関しては「オープンであることが正しい」と思う。

Elena Paniflova さんが創業者兼ディレクターを務める Transparency International Russia は、ロシアの腐敗防止、汚職をなくして政府の透明性を高めることを目的としている組織。インターネットは汚職防止などに役に立っているのかという質問に対しては、インターネットはツールに過ぎず、薬ではない。賄賂の情報と証拠データを手に入れたとして、Twitter や Facebook などに書くことはできるけれど、オンラインの活動だけではダメで、外務省に行ってモニターを見せても何の効力もない。オンラインの活動をオフラインに持って行かないと役に立たない。汚職と戦うには、政治的なプレッシャー名声に影響を与える力、そして社会的なプレッシャーが必要。ロシアでは官僚達は名声が傷つけられるリスクという物がなく、どんなにブロガーが汚職に関する事実や数値、データを公開したとしても、全く困ることがない。どんなに汚職の事実を並べても、権力者が訴訟されることも逮捕されることもない。検事総長に3億人の署名を送っても権力に大して影響を与えることはできない。

ネット上に情報を発信する全ての人が自覚なしにソーシャルアクティビストとなる可能性がある。ソーシャルメディアに投稿したどのポスト、どの写真が世間の注目を集めることになるのかはわからない。それが、この国ではとても危険なことなのだ。ロシアには、「内部告発者を守る」という文言を含む法律は存在しない。内部告発者は、考えうる全ての問題、ひどい事態に巻き込まれる可能性がある。インターネットの中だけではすまされず、例えば仕事を失うこともある。そして、その影響は自分だけではなく、自分の周りの人〜家族や同僚などにもふりかかる。自分が FourSquare のどこにいるよと書くのは自由だけれど、一緒にいる人のプライバシー、安全性が脅かされることもありえる。

Jon さんは社会的プレッシャーを与えるのは、かつてはジャーナリストの役割だった、と指摘。オンラインツールが地元の国では影響を与えられなくても、グローバルなプレッシャーにつながることはあって、例えばエジプトがそのよい例だった。

テクノロジーの進化で使えるようになった数々のツールは、かつては一部の人しか使えなかった物が、誰でも簡単に使えるようになった。そのパワーはテクノロジーそのものにあるのではなく、シンプルな作りにある。ユーザビリティと、プラットフォームへのアクセシビリティの敷居が非常に低くなっている。

Culture: Create or Copy



オンラインでの著作権侵害はロシアでも非常に大きな問題。インターネットは創作の道具になっているのか、コピーの道具になっているのか、という議論。

Ekatrina Chukovskaya, Deputy Minister of Culture Russian Federation 、つまりロシアの文化副大臣をモデレータに、以下のパネリストが登壇:
Artemy Trotsky, Journalist and Writer
Alexander Dolgin, Professor, Head of Cultural Pragmatics Department, Moscow State School of Economics
Aram Sinnreich, Professor of Rutgers University
Marc Sands, Director of Audiences and Media at The Tate Gallery

最初の質問は「インターネットは文化に対して何を与えたのか?新しいマーケット、新しいメディア、新しいクリエイティブプラットフォーム、あるいは単に既存のアートをコピーする手段にすぎないのか?かつて McLuhanは、グーテンベルクは誰もを読者にし、ゼロックスは誰もがpublisher(出版者)になることを可能にした、と語った。インターネットは誰もを作家にしたのか、あるいは著作権侵害者にしたのか、どちらだと思いますか?」

Alexander さんは、コンテンツを見るときにスペースが限られており、スパムやノイズのような大量の質の低いコンテンツが質の高いコンテンツを見つけにくくしていると指摘。コンテンツ業界における新しいビジネスモデルの必要性、特にオープンで無料にコンテンツを提供しつつマネタイズをするにはどうしたらいいのか。最初の著作権法であるアン法ができたのが 1710 年、と300 年前。著作権が突然なくなることはないが、これから徐々に力を失い、今は存在しない新しいアプローチの何かに置き換わっていくことになるだろう。クラウドソーシングで作られた物のマネタイズはどうすればいいのか、またクラウドソーシングで作られる物のクオリティを上げるにはどうしたらいいのかがポイントだと語る。

Aram さん:コピー、そしてコピーライト(著作権)が存在するというのは比較的新しい概念であり、印刷機が発明される前は、物語、絵画、ダンス、音楽など全ての分野において、全ての文化が等しく価値のある、本物のカルチャーであると認識されていた。活字ができて、文化が産業化していくと同時に、「著作権」が文化の産業化プロセスの中心となっていった。しかし著作権が必要だと信じるためには、オリジナルがコピーよりも価値が高い、元の小説原稿の方がそのコピーよりも価値が高い、元の絵画の方が複製よりも価値が高いということを証明しなければならない。けれど、これは神話にすぎないー文化は広まると価値が減るものではなく、広まれば価値が高まるものなのではないか。たくさんの人がある歌を知り、たくさんの人がその歌を歌った方がその曲の価値は高まるのではないか。たくさんの人がその絵画を見た方が、たくさんの人の心に文化として響いていくのではないか。著作権の時代には、複製とマネタイズのシステムにおいて他に手段がなかったので、そんなことは考えられなかった。インターネットが起こしたもっとも面白いことは、オリジナルとコピーの間に意味のある価値の相違はないと証明してみせたことだ。更には、資本主義における製造と消費の区別というのが大量生産時代の経済が作った神話にすぎないということがわかってきた。メディアやコミュニケーションの世界では既に起きていることだけれど、物理的な世界でも既に起き始めている。ゲノムを配列したり、3Dプリンターで高クオリティの物を作り出したりしており、そのうち自宅で安価に何でも作れる時代になるだろう。こうした物(オブジェクト)に対しては、絵画や写真、小説や音楽のような著作権は適用されない。我々の社会にとって、それがとても大きなチャレンジとなっていくだろう。

アーティスト A とアーティスト B が作った音楽をマッシュアップして、原曲の 2 人の作者が絶対に作り得なかったであろう全く新しい音楽を作ったマッシュアップアーティストがいたとして、その新しい音楽の作者は一体誰になるのか。何をもってオリジナルと呼び、何をもってコピーと言うのか。ここ 10 年ぐらいで見てきたマッシュアップ、リミックス、マシネマやビデオゲームのモッドなどの多くは素晴らしい作品、文化的にも豊かな作品を生み出してきている。多くの物は馬鹿馬鹿しいものだったりするけれど、中国における Grass Mud Horse のように、政治的に強力なアイディアが社会的・政治的な組織に影響を与えるような例も出てきている。我々は既にこの時代に足を踏み入れており、この時代に合ったポスト資本主義時代の新しい倫理フレームワーク、新しい慣例、そして新しい経済的な慣例、新しい文化も出来始めているにも関わらず、古い著作権のシステムが居座っており、その結果地球上のほとんどの人類が行なっている行為を犯罪行為と定義するような、ACTA や SOPA、PIPA のようなひどい条約案や法案が提出されるひどい事態に。

Tate Gallery の Marc さん:どんなジャンルの文化であれ、文化に関わる人はオーディエンスと関わるものだ。そして、誰がどうやってお金を払うかが重要だ。オンラインで文化を消費したいという需要は非常に大きい。新聞をオンラインで読みたいという人はたくさんいるが、オンラインで読む新聞にお金を払いたいという人は少ない。新聞業界が窮状にあり、道が見えなくなった結果、新聞各紙は「全て有料」、「20 記事を超えたら有料」、「全て無料」。。。といったカオスになっている。ひとつ言えるのは、人々は新聞コンテンツを求めており、消費し続けているということ。

ウェブとの最前線にある新聞業界出身で、現在はテイト・ギャラリーで働いているのだが、美術業界はまだ暗黒時代にあるという。心配で、ナーバスで、どうしていいのかわかっておらず、外部の人にどうしたらよいのか教えてもらいたがっている。だが、問題も色々あるけれど、消費者は美術コンテンツを消費したがっている。

Google Art Project の最初のローンチの時は 9 カ国の、17 個の美術館しかプロジェクトに参加していなかった。去年の 4 月に第二弾をローンチしたときは数百の美術館に増えていた。美術館は、Google Art Project に参加することによって、人々が美術館に足を運ばなくなるのか、あるいは実際に見たくなって足を運ぶのか、わからずに恐れていた。でも、有名な絵画やアート作品をナマで見るのとオンラインで見るのは全く異なるものだ。比較にならん。オンラインの作品とナマの作品には、両方ともに、全く異なる、大変大きな価値がある。テイト・ギャラリーのホームページは先日リローンチしたのだが、「全てをオンラインで見ることができる」ようにしたことを誇りに思っている。全ての所蔵物を見ることができる。でも、皆さんがロンドンに来たら必ずテイト・ギャラリーに来ると知っている。でも、モスクワにいてもテイトの全てを見ることができるということも知っている。それはどちらも素晴らしいことだが、これをやっている美術館は世界でも少ない。

もう一つ。多くの文化のプロデューサーやオーナーがそれを見る人を見下しているという非常に大きな問題がある。人々がアートをどう見るかはその人次第だ。多くの美術館は、ディスカッションやディベートをオープンに行うことを嫌う。我々はそうしたディベートのど真ん中にいたいと考えている。2週間前、ロンドンで Damien Hirst の展示を始めた。数千人が来場する人気の展示となったが、我々はそれと同時に大きなメディアである Channel 4 テレビに 360 度撮影で作品を紹介する番組を作り、無料でオンラインに出しませんかと提案した。ダミアンも出演し、有名なセレブも出ているその番組を、誰でも好きなように見ることができる。心配する人もいるし、これをやったために会場に来なかった人もいるかもしれないし、このやり方が気に入らない人もいるかもしれないけれど、こうやって前に進まなければならない。保守的な業界は、先進的に、アグレッシブに前に進まないといけない。これがいいことなのか悪いことことなのかというのは問題ではなく、いいことに決まっている。問題は、アーティストの利益をどうやって守るかとマネタイゼーションだ。ただし、結果はついてくる。もう結果は出始めている。

Artemy さんは現代の知的所有権の考え方が間違っている、と語る。知的所有権は全ての人のものだ- 文化、アート、愛、空気のように。知的所有権は人間の考え方、心やタレントに直結するもので、椅子やテーブルのようにお金で売買する物ではない。著作権を守らないと文化を作っている作曲家や歌手が飢えてしまうという話があるが、著作権に関してロビーイングをしているのは作家や作曲家、歌手などのクリエイターではなく、「権利者」だ。そしてその「権利者」の多くはレコードレーベルのように、権利を持っているだけで文化を創作している人達ではない。飢えるのは文化を作っている人々ではない。

インターネットには低クオリティの物ばかりという人がいるが、それは間違っている。子どもやティーネイジャーが作った物があるのは事実だが、高クオリティの物もあるのも事実。今までは、高クオリティの作品を作れるのに陽の目を見るチャンスがなかった多くのアーティストがインターネットの登場でチャンスを得ることができるようになったのだ。プロのアートだからといってクオリティが高いわけではない。ブリトニー・スピアーズよりも上手い歌手はアマチュアの中にたくさんいる。

Aram さん:著作権がいいか悪いかの問題ではなく、著作権は純粋に政策の問題だ。著作権があったことによるメリットは、それによりたくさんの作品を産もうという力になり、経済を加速させていったこと。昨今のSOPA,PIPA,CISPA,ACTA のような法案は、それにすべて逆行する悪法だ。

今までの美的感覚は、大資本に基づいた物が主流となっており、お金を使って製作された物が自宅で製作された物よりクオリティが高いと思わされてきた。テレビに出ている歌手より上手いアマチュア歌手、雑誌に出ているモデルより美しい市井の人はたくさんいる。だが、ブリトニー・スピアーズのようなお金を使ったレコーディング、アバターのようなお金を使った撮影をしなければ、美的感覚に合わなかった。それに対して、インターネットは新しい美的感覚、新しいスタイルを作り上げた。それは、企業が作ってきた美的感覚とは異なる、独自のもの、対抗的なものでもある。インターネットは、アートが一人の人から生まれるという幻想も打ち壊した。孤独なアーチストが蝋燭の灯火で鉛筆なめなめ作曲したり、絵を描いたりするのではない。人間は他の人の作品を適用したり借用したり、変更したり時には盗用しながら、作品を作り続けてきた。ベートーベンはモーツァルトを、ドン・ジョヴァンニはムーンライト・セレナーデを真似している。インターネットによって参加型のアート、集合型のアートが新しい形を創りだした。

Artemy さん:ロシアは著作権侵害の温床のように言われているが、ロシア人はお金がきちんとアーティストに渡るなら、73% が払うとも答えている。作品を作った本当のアーチストにお金を払いたいと思うのは、常識的なことだ。今までは「製造」が前提とされていたが、インターネット時代には「製造」自体が存在しない。インターネット時代に合ったお金の払い方〜アーチストに直接払う形での、広告モデル、登録モデル、寄付モデル、ライブやコンサートなどの収益などが出てくるだろう。

Aram さん:同じ質問、同じ調査方法での定点調査を続けているのだが、マッシュアップやリミックスが増えてきた 2006 年時点の調査結果では「著作権」について語っている回答者は少ない。許可を得られればよいのでは?ぐらいの意識だった。これに対して最近は、世界中で「著作権はうまく機能していない」などの回答が増えている。Artemy さんが仰るとおり、今は色々なお金の払い方ができていて、kickstarter なんかはよい例なのだが、「価値が高い物を作ればお金が儲かる、価値が高い物を作れなければお金が儲からない」ようになった。

BRICS and the Internet Economy



Mike Walsh, CEO of Tomorrow
Jacques Bughin, Director of McKinsey & Company
Leonid Boguslavksy, Founder and CEO of ru-Net Limited
Dr Sergei Guriev, Rector New Economic School

このパネルからは、Mike さんの話を抽出してみる。シリコンバレーがインターネットの中心のように考えられているけれど、実はインターネットユーザにおけるアメリカの割合はたったの 14%。それも単純に「中国は人口が何十億人いるからインターネットユーザも多い」みたいな単純な話ではなく、文化やイノベーションに与える可能性の話でもある。

例えば、SNS は Facebook が始めたものではなく、韓国の、人と人とのつきあい方やヒエラルキーを反映した CyWorld が元だし、ソーシャルゲームを作ったのは Zynga ではなく中国や日本で、デジタルコンテンツはフィンランドで生まれたのではなく、新聞も広げることができない程狭い電車の中で過ごしている日本人が電話でコンテンツを読むようになったのが先だった。

このロシアは海賊版が多く、人々がコンテンツにお金を払わないという特性があったけれど、そのおかげでフリーミアムというビジネスモデルのパイオニアとなった。

BRICsと一緒くたに言うが、似たところもあるが異なることも多い。例えばロシアと中国のネットは今までガッチリ保護されてきた。ロシアは言語の壁と西洋からの注目度が低かったことによって守られ、中国のネットは政府によって守られてきた。しかし、政府による保護がないロシアのネットはグローバルな競争にさらされるだろう。その中で勝ち残るためには、素早く動き、イノベーティブになる必要がある。

先日インドネシアを訪問した時に衝撃を受けたことがある。「インドネシアのインターネットの父」と呼ばれる人に会い、ジャカルタにある彼が運営するサーバルームを見せてもらった。インドネシアのインターネットのトラフィックは必ずこのサーバルームを通るそうだ。
ちなみにインドネシアは Facebook のユーザーが世界で二番目に多い国である。彼が見せてくれたサーバルームは青いケーブルとそれに貼られた白いラベルが埋め尽くしており、それらのラベルには「Facebook」「Twitter」「Google」「Yahoo」「Amazon」「eBay」などと書かれている。

「今から面白いことを見せてあげよう。インドネシアの Facebook を落とすよ」と言う。驚いて「そんなことしちゃいけないよ」と答えると「いつもやってることだから大丈夫」と。「インターネットの信頼性が低いとかみんな言ってるけど、実は僕がケーブルを引き抜いてるだけなんだよね」シリコンバレーの大会社は自分達が何でもコントロールできると思っているが、実際はそうではない。ローカルな文化、ローカルな状況を把握する必要がある。

インドネシアでの調査結果も興味深い。「インターネットを使っていますか?」という問にNoと答えた人が多いが、「Facebookを使っていますか?」と聞くとほとんど全員が Yes と答えた。つまり彼らにとってFacebookは電話のボタンの一つだと思われているということだ。

インターネットを初めて使うのがモバイルという人も増えており、パソコンのインターネットを知らない、モバイルインターネットしか知らない人が大半という時代が来るだろう。10年後のインターネットの世界は、現在とは全く違うものになっているだろう。

司会:なぜ韓国の CyWorld や日本や中国のソーシャルゲームは世界を取れないんだろう。なぜ真似っこしてきたシリコンバレーの会社に世界を席巻されてしまうのだろう。

回答:これらの会社がフィルターを変えられなかったことが原因だと思う。CyWorld は何度かアメリカに上陸しようとして失敗しているし、NTTドコモは itunes のはるか前に i-mode で世界進出しようとして失敗している。地元のマーケットで成功した起業家は、海外に出るときも成功体験そのままに海外に出ようとして失敗する。現地の環境に合わせないと、難しい。賢い起業家は外のマーケットを見て影響を受け、ローカルなコンテクストにカスタマイズできるようだ。グローバルに成長した企業はそれができているようだが、多くの場合は科学や計画によるものではなく、運も大きいようだ。

いーかげん長くなったので終わりますが、最後に David Drummond, Google’s Senior Vice President, Corporate Development and Chief Legal officer の紹介だけして終わりましょう。彼は Larry と  Sergey がまだ学生だった時に、「検索エンジンを作ったので会社を作りたいのですがー」と法律事務所に務めていたときにやってきた、そんな時からの長い付き合いで、そんな話から最近の Project Glass など様々な質問に答えていく、そんなセッションでした。




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