2012年3月2日金曜日

4月に仙台と岩手に行った時の話


3月、Hack For Japan は立ち上げたけれど、実際に被災地に行かないと本当に必要とされていることはわからない。しかも、必要とされていることは、どんどん変わっていく。現地に行くのは控えるべきという声が収まり、現地に行ける可能性が高まった4月上旬に仙台と岩手に行きました。

我々が仙台に向かった4月6日の時点では仙台空港は津波被害のため使えず、新幹線も動いていなかったため、仙台には直接行けませんでした。羽田から山形空港まで飛び、山形から仙台にバスで移動し、前日に仙台入りしていた同僚と合流しました。4月6日、7日と市役所や県庁、商工会議所やNPOなど、様々な皆さんのお話を伺い、我々が何をできるのか模索してきました。「沿岸部の道路には瓦礫がまだあるので、車のパンクに気をつけて」と言われたのを思い出します。

仙台空港の津波


●日本の北半分

Developer Relations の活動をしている中で、コミュニティの皆さん、特に Google Technology User Group (GTUG) の皆さんとのコミュニケーションは必須なのですが、なんと現在日本の GTUG は東京が最北端、そして最東端。日本の北半分には存在しないのです。(もちろん Google 以外のテクノロジーコミュニティはたくさんあるとは思うのですが。)


ちなみに Hack For Japan 第一回の開催地も、当たり前ですがこの通り。
Go West!とか言っている場合じゃない。Go Northだ!東・北日本の開発者の皆さんと東日本、北日本の開発者コミュニティを盛り上げよう。

というわけで、7月の Hack For Japanの会場は仙台、会津、遠野、東京、愛媛。。。とかなり会場が北上しています。


また、2012年の2月に開催した DevFestX Sapporo は北海道の札幌で開催しました。GTUG が存在せず、札幌の開発者の方を存じあげないので心配でしたが、地元企業のクリプトン・フューチャー・メディアさんが地元の開発者の皆さんを盛り上げてくださり、無事大成功にて終了することができました。クリプトンの皆様、本当にありがとうございました!

さて、個人的なミッション「日本の北に貢献する」プロジェクトは現在も進行中です。というのは、多分コミュニティというのはピンポイントで一箇所だけ盛り上がればよいというものではない気がするからです。

西日本の開発者コミュニティの皆さんは、神戸で何かあるといえば京都や大阪の人たちが駆けつけ、福岡でイベントをするといえば四国からもかけつけ、岡山であれやろうといえば四国の人たちもやってくる。。。といった具合で、すごく仲が良いし、教えあって、助けあって、向上していっている。「近いですから大丈夫ですよ!」の「近い」の距離が、すごく広い。東北とか、北日本とかでも、広く開発者コミュニティが連携し合えるようになるとよいなと思いました。

昨年7月のハッカソンを遠野でやったとき、「東北ではあまりこういうハッカソンとかはないので。。。」とわざわざ秋田から来てくださった方がいました。別の方は、今年の2月のデブサミで、「Hack For Japan 以降、東北でハッカソンが増えたんですよ」とおっしゃっていました。少しずつ、よい方向に変わってきていると、思います。

●日本Androidの会

東北や北海道に GTUG はないのですが、日本Androidの会の東北支部や北海道支部は存在します。地震が起きて、つい見るのはAndroidの会東北支部のメーリングリスト。(GTUGだと、例えばエジプトで政変があったときもCairo GTUG のマネージャが「僕達大丈夫だよ、安心して!とかメーリングリストに投稿してくるので)MLには震災当時トラフィックがない。心配する。Androidの会東北支部長の西原さんのTwitterを確認してみる。3月11日も、「電気、交通、携帯、メールすべて止まっている」のに、Twitterしてる!さすがだ。「支部の皆さん大丈夫ですか?」もTwitter。4月6日に訪問する準備をしていた時、被災地の皆さんは大変な状況なのはわかっているので、訪ねても大丈夫かいきなりメールをするのはとても心配。Twitterをのぞいたら、「スポーツクラブなう、311後初めてです。」声をかけても大丈夫そうだ。恐る恐るメールして、アポをとる。Twitter便利。やりとりを見れば、ガソリンがなくて困っておられるな、とか現地の状況がどんどんわかってくる。

西原さんにお会いした時に紹介してくださったのがみやぎモバイルビジネス研究会の原さん。原さんは色々な人をご存知で、遠野のボランティアセンターに行ってみたいと思っていると伝えると、その場で携帯電話を取り出して、遠野のボラセンの方に電話をかけてアポを取ってくださった。西原さん、原さんその節はありがとうございました!

4月6日に仙台を回った限りだと、皆さんは「沿岸部は大変だが、仙台はもう大丈夫。ガスは街の半分ぐらいきていないが、電気も水も通信も復旧し、レストランやお店も開店している。お客さんが来ない方が景気に悪影響なので、仙台はもう大丈夫だと伝えて欲しい。このままだとかまぼこ屋さんとかつぶれちゃいます」と何人かから告げられた。

そんな声を聞いて同僚の根来さんが始めたのが「仙台営業中!キャンペーン」。たくさんの仙台のお店やレストランの動画が紹介されました。


よもやガチャピン・ムックまでコラボしてくれるとは。。。 :)


4月7日は岩手をまわり、少し遠いが北上に宿をとった。東北で当時宿を取るのはとても大変だし、ボランティアの皆さんが泊まるべき宿を我々が取ってしまうわけにはいかない。

4月7日現在の盛岡の風景。至って平穏だ。

仙台/岩手

仙台/岩手

ここはガソリンが復旧している。開いてて、スタッフもいて、行列していないガソリンスタンド。

仙台/岩手

県庁の前には通信車。

仙台/岩手

コンビニの様子。食べ物はかなり戻ってきている。同じ物が大量輸送されてきているもよう。

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

もちろん入ってこない物もある。雑誌は3月11日以前の物だった。

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

驚いたのは、電池系がたくさんあったこと。東京では品切れ続出だった。

仙台/岩手

仙台/岩手

8日は早朝に北上を出て遠野に向かい、ボランティアセンターを訪問し、釜石線に乗って釜石を視察し、遠野に戻り、山形から夜の便で飛行機に乗るというスケジュールを立てていた。遠野と釜石を結ぶ釜石線は震災後運休していたが、我々を待っていたかのように4月7日に復旧。地域のガソリンも不足している中、車より電車で行った方がよいだろう。そう考えていた。

到着した時点での北上は、普通だった。電気も水もガスも全て通常通り。7日の夜、ホテルに普通にチェックインし、外で普通にご飯を食べ、ホテルに帰ってきて仕事をしていた、その時。23:35にマグニチュード 7.4 震度6弱の、311 後最大の余震が再度東北を襲った。さっきまで生きていた電気が一瞬にしてなくなり、さっきまで出ていた水が出なくなり、さっきまでついていたガスが動かなくなり、電話もつながりにくくなる。311で壊れた物を復旧してきたのがこの余震でまた壊れてしまった。

ホテルの部屋から撮った写真。街中が真っ暗闇で、全ての建物が真っ黒になっている中、JRの明かりだけが煌々と明るく、車のライトがわずかに光を残す街。ついさっきまではレストランも飲み屋さんもピカピカだったのに。一瞬で全てが失われてしまった。

仙台/岩手

水道もガスも死んでいるのでお風呂やシャワーももちろん入れないし、トイレも流れない。電気がないからテレビはつかない。情報源はネットで、パソコンと携帯に依存するが、電気は無駄遣いできない。残った携帯の電池、パソコンの電池を大切に使う。これらの電池が切れると、情報取得手段、コミュニケーション手段が絶たれてしまう。電池、補充用の充電池、大事!とこの時学びました。

朝。明るくなって見てみると、ホテルの周りの地面はひび割れ、波打ち、ブロックが崩れていた。(昨晩は遅くに到着したので、311のせいなのか余震のせいなのかはわからない)

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

水も出ず、ガスも電気もつかないこの状況では、絶対に朝食は出ないと思っていたら、なんと朝食バイキングを用意してくれていた。

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

ホテルの皆さん、その節は本当にお世話になりました。

移動を開始するが、高速道路(東北道)が閉鎖されてしまっている。下道は、信号が停電しているので気をつけてゆっくり運転しないと危険だ。遠野も釜石もあきらめて、一日がかりで山形空港を目指すしかない。泣く泣くアポをキャンセルさせて頂き、空港に向かった。

7月に釜石、そして遠野をどうしても訪れたいと思ったのはそんな経緯もあった。

3月11日に運休となり、4月7日にやっと復旧した釜石線は、この余震でまた運休になってしまった。たった一日の復旧。復旧までの駅員さん達の苦労を思うと本当にやるせなくなった。その釜石線にも、7月に乗ることができた。

Hack For Japan in 遠野

空港までの道のり。信号が全て消えている。

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

多くのお店は閉まっている。当たり前だ。電気もガスも水もない。POSレジも電気なので、動かない。

仙台/岩手

ところが開いているファミリーマートがあった!電気はないので、暗いがオープンしている。

仙台/岩手

食べ物も、ある!ない棚もあるけど、食べ物がある!本当に開けてくださってありがたい。

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

電気がきていないので、POSレジが動かない。一つ一つ金額を確かめて、電卓で計算していく。大変なのに、お店をあけていてくれて、ありがとうございました。ちなみに、買い占めとかする人、一人もいなかった。

あの地震の翌日で、こんな状況なのに、普通に登校するのか。。。小学生たち。

仙台/岩手

地割れ。

仙台/岩手

仙台/岩手

道があちこち崩れている。

仙台/岩手

仙台/岩手

突貫工事をしている。

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

多分、土砂崩れの跡。

仙台/岩手

仙台/岩手

仙台/岩手

屋根が壊れている家がたくさんある。

仙台/岩手

仙台/岩手

多分、スーパーの行列。

仙台/岩手

ガソリンを汲み上げるのには電気がいる。よって、ほとんど全てのガソリンスタンドが閉まっている。東北では移動に車は欠かせないのに。

仙台/岩手

このガソリンスタンド、車がたくさん並んでいる。

仙台/岩手

なんと、ガソリンスタンドの店員さんが手回しでガソリンを組み上げて給油している。。。。!


謎の山煙。花粉との噂。

仙台/岩手

仙台/岩手

山形空港が近づくにつれ、雪が深くなってきた。

仙台/岩手

車の高さから見受けられる、雪の深さ。。。4月でこれである。311の時はもっと寒かっただろう。。。

仙台/岩手

こうして山形空港にたどり着き、東京に戻ったのでした。

Disclaimerこのブログは山崎富美の個人的なものです。ここで述べられていることは私の個人的な意見に基づくものであり、私の雇用者には一切の関係はありません。