2013年4月1日月曜日

危機意識とサムソンの話

日本のメーカーがサムソンに遅れをとって以来、多分日本でもサムソンの研究はたくさんされているのだと思うので 今更こんなポストを書いてもしょうがないのかもしれないけれど、せっかくなので書いておく。 

西欧列強がアジアで植民地化を進めていく中、危機意識を感じた日本の先人達は必死で学び、明治維新を行った。
第二次世界大戦を敗戦で終え、焦土と化した日本から、日本の先人達は必死で産業を復興し、世界第二位の経済大国になっていった。 

その後バブルが崩壊したり、GNPでは中国に追い越されたり、メーカーは韓国に追い越されたり、東日本大震災が起きたりと たくさんの「危機意識を感じるべき時期」が来ていたのだけれど、「今のままで大丈夫」と思っている人が多い気がしてならない。 そんなことを思っているさなか、「サムソンがどうやって世界一のメーカーになったのか」 という記事に出会った。

How Samsung Became the World's No. 1 Smartphone Maker 

韓国人の同僚でサムソン出身の人がいるのだけれど、彼が「僕、1999年から2007年までサムソンで働いてたんだけど、 すごく正確で詳細な記事だな。当時を思い出すよ。」と言っているので結構正しいのではないかと思います。

 全訳はしない&粗々訳なので、ぜひ上記リンクから原文をどうぞ。 

==Lee Kun Hee 会長== 

韓国のChangjo Kwanオフィスの人事部にやってくる新入社員は年間5万人。マーケティングの 3P (products, process, and people)やグローバル・マネジメントなどを学んでいく。チームワークや韓国の文化を学ぶための「共同キムチ製作」の教習を受ける人もいる。廊下には、スピーカーから会長のスピーチが流れている。71歳のLee Kun Heeサムソン会長はあまり表には出ないがサムソン社内の活動から外部に向けた戦略まですべて彼が作っているという。「テレビをどうデザインすべきか」からサムソンの企業理念「“perpetual crisis”永遠の危機」に至るまで。 

Lee 会長が実権を握った1987年以来、サムソンの売上は昨年の1790億ドルに至るまで登り続け、売り上げベースでサムソンを世界最大のエレクトロニクス企業へと押しあげた。アップルのSteve Jobs、Sonyの盛田昭夫は有名なのに、Samsung のLee Kun Heeの知名度は非常に低い。そのせいもあって、社外ではサムソンの成功は韓国政府の国策のおかげと思われることが多いが、社内ではLee会長と「Frankfurt Room」の力によるものと理解されている。(ちなみにこの記事の取材も、Lee 会長は断っている。) 

Frankfurt Roomは1990年代のビンテージ装飾や造花が飾られた大きなテーブルがあるだけの単なる部屋に見える。だが、写真は禁止で中で話す時は小声でしゃべることがルール。1993年にこの部屋でLee 会長が部下を集めてサムソン改革の企画を決め、二流のテレビメーカーだったサムソンを世界最大のエレクトロニクス企業に叩き上げていった。大量生産の低品質メーカーから高品質の物を作れるメーカーへ変質する。売上を犠牲にしてでも。だが、その変革を乗り越えた先には、国境を超えた世界市場を取りにいけることをも意味する。


==サムソンの変遷== 
 

サムソンがどれほどテレビや洗濯機のメーカーとして独占的な地位を占めていたとしても、スマホがなければディズニーやトヨタと並ぶプレゼンスを持つことはなかっただろう。アップルほどのブランド力はなくとも、Galaxy は iPhones より売れているし、ニューヨークでの Galaxy S 4 のローンチの際に行列ができるなど、アップルの対抗馬として一定の成功をおさめている。冷蔵庫のメーカーで満足していては、こうした成功はありえなかった。 

サムソンエレクトロニクスはサムソングループの中でも最大の会社で、サムソングループ全体では韓国のGDPの 17 %を占める。80カ国で37万人の社員を抱えるほどのグローバル企業だが、韓国国内でのプレゼンスは「第二の政府」と言われるほど強い。
(サムソングローバルで37万人かぁ〜。。。ちょうど私が入社した頃のNTTグループが30万人だったことを思い出す。NTT自体は19万人ぐらいだった。)

ソウルの市民は Samsung Medical Center で産まれ、サムソンが建築したアパートに住み、ベビーベッドなどの輸入物はサムソン重工製の船で海外から運ばれてきており、 Cheil Worldwideというサムソン資本の広告代理店が作ったサムソン生命保険の広告を見て、Bean Pole というサムソンの服飾部門のブランドが作った服を着て、親戚が遊びに来たらサムソン資本の Shilla hotel に泊り、サムソン資本の The Shilla Duty Free でおみやげを買う。。。といった具合。

先進国ではコングロマリットは何十年もの間敬遠されてきた。Samsung が Gulf + Western, Sunbeam などと異なるのは、極度なまでの集中とオポチュニズム。「サムソンは軍隊のような組織ですよ“Samsung is like a militaristic organization” と National University of Singapore の Chang Sea Jin 教授は語る。「Sony vs. Samsung」の著者だ。CEOが方向性を決め、その通りに遂行する。議論はなし」

 「サムソンで働くのは時計仕掛けのような感じ“Samsung’s like clockwork”」と語るのは Mark Newman。Sanford C. Bernstein のアナリストで、2004 年から 2010年までサムソンのビジネス戦略部で働いていた。「ラインに落ちないと、耐え難いほどの同僚からの圧力がかかります。指示に従えない人は会社にはいられない。」 

サムソンエレクトロニクスが新しい製品カテゴリーに参入する際のやり方を見てみよう。LG や Hyundai のような他の韓国のコングロマリット同様、最初は小さく始める。その産業の鍵となる部品を作る。理想的には、その部品が製造に莫大なコストがかかり、そのコストが参入障壁となって競合が入って来づらくなるような物。マイクロプロセッサーやメモリチップなどは完璧に条件に合う。半導体の製造には20億ドルから30億ドルがかり、インフラを半分だけ作るなんてことはできないので作るか作らないかの選択肢しかない。 インフラが整ってしまえば、サムソンはそれらの部品を他社に販売し始めることができる。それによって、その産業の動き方の見識をサムソンは手に入れることができる。事業を拡大し、部品を供給していた会社と競合すると決めると、工場や技術に多大な投資を行い、それまでに築いてきた足場を活かして、他の会社が対抗できないようなポジションを築いていく。昨年、サムソンエレクトロニクスは215億ドルを資本投資に投下した。これは、同じ時期にアップルが投下した額の倍にあたる。「サムソンはテクノロジーに対して大きく賭ける企業です。彼らは恐ろしいほど研究し、その後そこに財産を賭けるのです」と Newmanは語る。 

1991年、サムソンはLCD パネルを製作し、後に他のテレビメーカーに販売。1994 年には iPod などのスマートフォン用のフラッシュメモリーを製造し、今や LCD テレビのナンバーワンメーカーになり、世界で最も多くフラッシュメモリーや RAM チップを販売している。2012 年には Nokia を抜いて世界最大の携帯電話メーカーとなった。 

サムソンの成功は他社の敗北を意味する。Motorola は分割し、携帯部門はGoogleへ。Nokia はナンバーワンの地位から転落し、Sony-Ericsson の提携は解消された。Palm は Hewlett-Packard に消え、 BlackBerry は24時間監視体制。モバイルハードウェアの世界では、今や Apple と Samsung、そして「その他大勢」しかいない。


==フランクフルト宣言==
 


Lee の父親 Lee Byung Chull がサムソンを創業したのは 1938 年で、父の死に伴い Lee が会長職として跡を継いだのは 1987年。(ちなみに Lee Kun Hee の息子 Lee Jae Yong は現在彼の後継者として副会長に就いている。)Lee Kun Hee のもと、サムソンは急成長し始めた。1988年と1993年の間にサムソンは2.5倍に成長したため、幹部達は成功していると思っていた。ところが Lee は、サムソンを単なる韓国の成功企業で終わらせたくない、2000年までに、世界レベルの企業、 General Electric, Procter & Gamble や IBMなどに並ぶような会社にしたいと考えていた。今のままの成長率では2000年までに世界レベルの企業にすることはできない。 

海外での苦戦を自分の目で見るため、1993年にLeeは世界中を旅することにした。2月に南カリフォルニアの電器店に行って見たものは、Sony や Panasonic のテレビが並んだ店頭で、サムソンのテレビは裏の棚で埃をかぶっている有様だった。6月にはドイツを訪れ、フランクフルトの Falkenstein Grand Kempinski Hotel に数百人にも及ぶサムソンの幹部に集合をかけた。この時彼が行ったスピーチの中で最も有名なのは「妻と子供以外の全てを変えろ“Change everything but your wife and children”」という物で、サムソンの中では知らぬ者はないほど有名な演説だ。
(今や、アメリカのBest Buyなどの電器店の店頭はサムソンだらけ。有言実行すごい。) 

このイベントは「フランクフルト宣言」と呼ばれ、新しい経営方針についてのコンテンツは 200 ページの書籍にまとめられ、全サムソン社員に配られた。また、後にこの本で使われた用語を解説するための用語集も作られた。書籍を読めないレベルの識字率の社員のために、漫画版も作られた。Lee 会長は世界中を周り、サムソン帝国の隅々まで自分の声を伝えた。彼が行ったレクチャーは350時間を超え、それらの書き起こしは 8,500 ページに渡る。 

こうしたわけで、Yongin の HRDC には神聖な Frankfurt Room があるのだ。椅子やくすんだピンクのテーブルクロス、ベニスの絵画に至るまで、全て Lee がフランクフルト宣言を行った Kempinski ホテルにあった物をそのまま持ってきている。サムソンがそれらの家具を全て韓国に輸送し、完璧に部屋を再現したのだという。
(すごいな。。。宗教みたい) 

新しい経営方針は、いくつかのスローガンにまとめられた。「個人の育成 “Fostering the individual”」や「変化は自分から始まる “change begins with me”」、そして「品質管理 “quality management”」など。これらはサムソンのもう一つの聖地 Gumi complex に掲げられている。Gumi はソウルの 150 マイル南に位置し、サムソンのスマートフォン製造工場がある場所だ。サムソンが最初の携帯電話 SH-100 を作ったのもここだった。 

==Gumiのスマホ工場==
 


Gumi では K-pop がどこにいても聞こえてくる。この音楽は心理学者によって選ばれた、社員のストレスを減らすための音楽だという。Gumi には1万人を超える社員が働いており、その多くが20代前半の女性。団体行動が多く、いつも携帯を使っている。ピンクやブルーのジャケットを着た社員たちのうち、独身の人はダイニングやフィットネスセンター、図書館、コーヒーバーなどが完備された寮に住んでいる。 

Gumi は驚くほど暖かくて湿度が高い。工場はサムソンのグローバルなネットワークの一部で、2012年には4億台の電話を製造した。一秒に12台の計算だ。Gumi で働く労働者達は組立ラインには入らず、製造は従業員が3方を囲むワークベンチの中に立ち、必要なツールや部品は全て手を伸ばせば届くセル毎に行われている。従業員は携帯の組立全てに責任を持つ。組立工場内のあちこちに設置されたコンピュータで世界中のサムソンの施設の製造情報をリアルタイムに取り出すことができる。 

ある部屋は、品質テストのための機器で埋め尽くされている。その部屋には多くの機械の上で小さなプラスチックのプロペラが回っている。どのマシンが動いているのか、遠くからは判断がつきにくかったので、社員のアイディアでこうしたプロペラをつけて、判別することにしたという。サムソンの社員には、こうしたアイディアを提案すれば、削減されたコストが計算され、一定の割合で社員にボーナスとして還元される。 

こうした効率化やクオリティは、常にプライオリティを置かれていたわけではない。1995年、Lee会長は自分が新年にプレゼントした携帯電話に不具合があったと聞いて驚き、自ら部下たちを率いてGumi工場の外で15万台のデバイスの組立を指揮した。2,000 人以上のスタッフが機器の山を囲み、それらの機器は火にくべられた。炎が消えると、今度はブルドーザーが残骸を粉々に砕いた。「こんな低品質の製品を作り続けたらまた同じことをやってやる」と Lee 会長は言った。
(すご。。。なお、今でこそ日本は高品質で有名だけど、戦後の日本も欠陥商品多くて、日本ブランドを作るために先人達は頑張ってたんですよね。。。) 

この教訓は根付いた。2012年5月に新しい Galaxy S III を出荷した3週間後、ある顧客がカバーが以前見たデモモデルよりも安っぽいとクレームを入れた。サムソンモバイルのマーケティングチーフ DJ Leeは「たしかに、後のモデルは肌理が細かくない。」と認めた。デザインのよくないカバーは倉庫に10万個、更に輸出用の組立済のデバイスが空港に届いていたが、全て回収され、新しいカバーと取り替えられた。
 


==サムソンの成功要因== 


1995年の「電話焼却大事件 (Great Phone Incineration)」以降、2つの要素がサムソンのスマホでの成功を推進した。一つは2009年にAndroidに賭けたこと。サムソンの最初の Android 端末は Galaxy と呼ばれた。DJ Lee は「 最初の Android は成功とは言えませんでした」と語る。App store は限定的で、Android 自体黎明期だったし、iOS に大きく水をあけられていた。ただし、Android はオープンソースだったため、どのメーカーでも無料で使うことができた。 

2010年、サムソンはGalaxy S シリーズを発売。大きなスクリーンを使う、という2つ目の重大な決断を実行していた。Galaxy Sのスクリーンは初代 Galaxy や他の Android モデルと比べて遥かに大きかった。「4インチスクリーンにしたのですが、多くの人が大きすぎると考えたようです。」と DJ Lee は当時を振り返る。多くの議論があったが、結果的には大きなスクリーンがセールスポイントになった。Galaxy S II や S III では更にスクリーンを大きくした。今や、サムソンのスマホは2.8インチから5インチに渡る。(“phablets” は 5.5インチ)「誰も正しいスクリーンサイズがどれかなんてわかっていなかった。だからサムソンは全部作って、どれが一番いいのかを試したんです」と Enders Analysis のリサーチャー Benedict Evans は解説する。 

似たようなデバイスを色々なサイズで作り、どれが一番よく売れるか見る。。。というのは非常にコストがかかることで、ほとんどの会社はやらない。だが、サムソンはディスプレイ、メモリ、プロセッサーや他のハイテクパーツを自社製造することができるため競合他社では成し得ない柔軟な対応ができた。「10年前は垂直統合は時代遅れというのが正統派だと思われていたけれど、結局それを真剣にやってきたサムソンとアップルが携帯産業を席巻した」と語るのは Alekstra のアナリスト Tero Kuittinen。 

アップルのとったアプローチは少ないモデル数でそれぞれを美しくデザインすること。サムソンは、全部をすごいスピードで試すこと。「Galaxy S III を発売した時、我々の研究では一部の市場の一部の人達はこの携帯は大きすぎるとわかっていました。そこで、同じ電話を4インチのスクリーンで作り、 Galaxy S III mini として発売しました。」デバイスを小さくするのには、4−6ヶ月ほどかかった。「市場を見つめ、すぐに反応するのがサムソンです。」とDJは語る。新しい Galaxy S 4 の発売は、GS3 のわずか9ヶ月後に発売。「サムソンは差別化を新しいアートにした」と Gartner のアナリストMichael Gartenbergは言う。「iPad と iPad mini の間の商品が欲しいと思ったら、それはアップルでは買えないでしょう。」 

アップルの垂直統合には、サムソンにはない物が一つある。ソフトウェアの管理だ。アップルのスマートフォンやタブレットだけが iOS で動かすことができ、iPhone や iPad の長所の一つはソフトとハードのスムーズな連携だ。そしてアプリ製作者がアプリを作り、アップルはアプリが売られるたびに取り分を得る。 

そこでサムソンはソフトウェア開発センターをシリコンバレーに作り、地位を確立しようとしている。アップルのようなOS管理はしないかもしれない。だが、サムソンは、製造を通した深い見識と柔軟性を使い、力をつけている。プロセッサー、メモリチップ、カメラなどは自社のスマホだけではなく iPhone 5 のマイクロプロセッサーも含めた他社製品も製造している。部品ビジネスと端末ビジネスの間は情報が遮断されているとサムソンはしている。新しい技術を開発するのには時間がかかるもので、特にその技術が大規模な物であればなおさらだ。サプライチェーンの初期のインサイトが得られるというのは重要で、3年先まで見ることが出来るようになる。これはサムソンの顧客にとっては痛い問題だ。アップルはサムソンを世界中で特許侵害で訴えているが、その訴訟内容は電話の単純な形状からユーザーが一番下までスクロールした時にスクリーンがどう戻ってくるかまで、多岐に渡る。サムソンは容疑を否認し、反訴しており、訴訟合戦は終わりが見えない。アップルは8月に勝訴し、陪審員は10億ドルの支払いを命じたがこの裁判は上告されて最近その金額は半分となった。 

しかしどれだけ裁判が行われようと、サムソンが法を犯さずともサプライヤーに対して優位に立てるのは間違いない。製造メーカーである顧客がサムソンに対してプロセッサーの製造を依頼したとすると、その情報自体に価値がある。「アップルなどのロードマップを入手し、競合が何をしようとしているのかというのは極めて使える情報なんですよ。コピーしてるんじゃないんです。違法でもない。ただ、2013年にアップルがクアッドコアプロセッサーが必要な何かを作ろうとしていると知っている。それだけでいい。」とBernsteinの Newmanは語る。
 


Galaxy S 4 が3月中旬に公開されるにあたり、サムソンは Radio City Music Hall を木曜の夜に借り切った。テレビの中継車が周囲に停まり、人々が行列を作り、ロビーは人でごった返した。俳優 Will Chase がMCを行い、俳優たちのシュールなスケッチが一般客風に Galaxy S 4 の機能を使っている様子が映し出され、学校やパリ、ブラジルなどのセットがステージから出てくる。オーケストラがリフトで登ってきて少年がタップダンスを行う。「サムソンは全ての端末を全ての市場に向けて、どんなサイズでもどんな価格でも提供していきます。考えることをやめません。彼らはただ電話を作り続けているのです」とEvans。

 Galaxy S 4 は4月後半まで発売されない。速くて大きくて明るいスクリーンがあり、恐らくサムソンにとってまた大きなヒット商品になるだろう。ただ、サムソンの将来について Lee Keon Hyok は全く勝ち誇ったところはない。こんなことは過去に見てきたことだ。そして今日の成功で喜びを感じてしまっては、「新しい経営方針 (principles of New Management)」に反する。「2010年はグループ全体にとってめざましい年でしたが、会長の反応は『我々の主要事業は10年後にはなくなっているかもしれないんだぞ』でした。」 

サムソンは大きくなりすぎて韓国政府の査察を受けることになるかもしれない。iPhone 6, 7, 8 があまりに美しく素晴らしい端末で会長すら対抗できないかもしれない。もっとありそうなシナリオは、中国あたりの競合が、サムソンが競合に対してやってきたのと同じ戦略でくるかもしれない。「中国は韓国の5年前を見ているようです。」とモバイルアナリストのHorace Dediuは言う。特にHuawei や ZTE は目に見える脅威だとし、他のアナリストは Lenovo だという。「サムソンはアップルよりスマホあたりの利益が少ないけれど、中国企業はもっと少ないですからね。スマホがコモディティ化したら、サムソンはどうやって生き残るんでしょう。」 

Lee Keon Hyok は既にスマホはコモディティ化すると予想しているーパソコンが1990年台にコモディティ化したように。「ただ、我々がたくさんのパーツを作っているというのは忘れてはならない。形は変わるかもしれないけれど、電話機は AMOLED ディスプレイを必要とし続けるし、メモリやプロセッサーも必要だ。こうした変化は我々は見越している。」AMOLED とは active-matrix organic light-emitting diodes のこと。最新テクノロジーで、ディスプレイ技術で恐らく唯一K-pop の歌が作られている技術だ。(Amoled という歌が 2009 年に Son Dam-bi と After School によって作られている) 

モバイルビジネスが収益を上げにくくなった時、サムソンは他の産業に参入するだろう。その産業は、たくさんの初期投資を必要とし、大量生産のノウハウを必要とするだろう。2011 年にサムソンは 2020 年までに 200億ドルを 投資して、医療機器、ソーラーパネル、LED、バイオテクノロジー、電気自動車向けのバッテリーの研究などを行うと発表。もしサムソンのバッテリーや MRI の機器が市場を席巻しなかったら、会長はまたそれらを大量に火にくべるのかもしれない。「会長はいつも永遠の危機なんだ‘This is perpetual crisis’と仰ってます」とモバイルマーケティングチーフの DJ Leeは語る。「我々は危険な状態だ。危機的なんだ、と “We are in danger. We are in jeopardy.”

 。。。翻訳ここまで。

危機意識が人を駆り立て、ものすごい力を発揮するというのはわかる。ただ、危機意識を煽り続けると人は疲弊してしまう。 

以前、まだ韓国にDeveloper Relations がいなかった頃、韓国での Android Developer Lab というイベントを主催したことがある。その時手伝ってくれたボランティアメンバーの中にサムソンの社員がいた。話を聞くと、やはり労働時間がハンパない。子供が産まれたが、子供の顔が見られる時間に家にいない。「ここはいいから、うちに帰ってお子さんの顔を見てください」と伝えた。 

日本は昔、欧米に追いつけ追い越せでがむしゃらにやってきて、世界二位の経済大国になって目標を失って失速してしまったのだろうか。韓国は日本に追いつけ追い越せでがむしゃらにやってきて、そしてきっと今は「日本のようにはなるまい」と思っているのだろうか。日本人が危機意識を取り戻すにはどうしたらよいのだろうか。危機意識を長期間持ち続けるのは持続可能性があるのだろうか。危機意識とバランス感覚はどう保てばよいのだろうか。モーレツ過ぎず。歯車でなく。個性を活かし、よさを活かし、議論も尊重しながら成長するには。

 色々考えさせられるサムソンの記事でした。

ちなみに Google で働いている日本人で、Google で体感して身につけた Google の成長や成功のナレッジを日本企業で活かそうと転職している人もいます。最近は超ドメスティックな日本企業に転職していった人も。話を聞いてみたら、「日本企業はこのままだと沈没してしまう。Google で学んだあれこれを、日本企業で活かし、日本の再生を助けたいんだ」と言われてちょっと感動してしまいました。

ところで最近英語ブログの方で書いたのが Dave McLure の「日本人よ、目を覚ませ!Wake up Japan!」という記事。「失敗は問題ではなく成功へのプロセスで、必要な物なんだよ!」「日本人、わかってる?今あなた達の国は相当ピンチだよ。頑張らないと!」と相変わらずの Dave節で日本人を鼓舞してくれました。

ブログ:"Wake up Japan!" says Dave McLure

動画(日本語字幕つき)



スライド


Hack Osaka: Innovation Strategies for Regional Startup Ecosystems from Dave McClure


3/31追記

ちなみに韓国マンセー、サムソンマンセーというつもりはなく、色々な国、色々な事例、色々な成功と色々な失敗から学べばいいと思っているだけです。

記事の中では触れられていなかったけど、コメントでサムソンの成功の原動力はウォン安だろうという指摘を頂きました。たしかに。。。というわけで追記しておきます。

で、3月末現在は上がっています。
Korean Won Rises as Current-Account Surplus Widens; Bonds Gain
「韓国の強さは本物か・ウォン安是正進んでも サムスン株は崩れない」との話も。
あと、3/28に行われたこれも。シャープ、サムスン電子日本法人から103億円の払い込み完了

Disclaimer このブログは山崎富美の個人的なものです。ここで述べられていることは私の個人的な意見に基づくものであり、私の雇用者には一切の関係はありません。

2013年3月1日金曜日

サンフランシスコ近況報告とOptimizelyの話

アメリカに来てまだ数日ですが、色々面白い。

日曜日の夕方にサンフランシスコに到着して、ホテルにチェックインして一息ついたら Twitter に @harper から「サンフランシスコなう。誰か飲まない?」みたいな投稿が。Harper Reed さんとは、オバマキャンペーンのCTOを務めた人で、結構前からの友人なのですが、偉くなっちゃったので滅多に会えないのかな〜と思ったらこの気軽さ。ツイートでレスしてからバーに行ってみたら、面白い人がたくさん集まってる。

「彼はさ、起業してAOLに売却して、9ヶ月の牢獄生活を脱して、今は次のスタートアップを立ち上げている。このサイトは超cool。」

「その隣の彼はさ、起業してAOLに売却したんだけど、自分でその会社を買い戻してるんだ」「えー。AOLから買い戻すのって売却より大変なんじゃ。。。」「大変だったよー」

「彼女はさ、オバマキャンペーンのテクニカルチームで唯一のPMだったんだよ。GoogleでPMをやってたけど、辞めてオバマキャンペーンを手伝いに行ったんだよね。僕が知っている中で、最も優秀なPMだよ」しかもなんと28歳。ビビる。。。

Harper もすっかり次に立ち上げる予定のスタートアップの準備の話に夢中。みんなすごくワクワクしてて、面白かった。シリコンバレーだなーと思った。

月・火はマウンテンビューで会社に缶詰だったのですが、今夜は早めにサンフランシスコに戻ってきて、イベントに参加し、「Best Practices from 100,000 AB tests - Dan Siroker, Co-Founder & CEO, Optimizely」という講演を聞いてきました。Optimizelyについては以前書いた「オバマ再選メモ」というブログ記事でも紹介しました。ダン本人の話が、無料で聞けるとは!

というわけで全部じゃないけどメモ取ってたところだけシェアします。後日動画も公開するとのこと。

Dan は、オバマキャンペーンに参加する前は、Googleで働いていた。彼の人生を変えてしまった瞬間がこれ↓

Googleにオバマさんがやってきて、すごくいい講演をして、"I want you to be involved"と最後に言って帰っていったので、それを本気にしてすぐに飛行機に乗ってシカゴにオバマキャンペーンをボランティアで手伝いに行ったと。熱い!噂では聞いてたけど、本当にそうなんですねえ。その伝説の講演の動画がこれ。よっぽど気に入っていたのでしょう。今日もこの動画のパーツパーツを見せて、話をしていました。



「皆さんのようなイノベータ、科学者、エンジニアの力がアメリカの政治を変えるには必要です」「理性と事実に基づいた政策を実現して行きたいのです」「ぜひ皆さんに関わって欲しいのです」もうねえ、すごいいい講演。これは行っちゃうよね。Google辞めて、飛行機に乗って、何か貢献できることはないかって。

ちなみにこれがボランティアに行って割とすぐに編成した時の「ニューメディアアナリティクスチーム」の画像。ニューメディア。。。なんかよくわからない物は全部ニューメディアってことにされてたらしいw


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こちらは就任演説の時の画像。みんながテレビを見ているのに、パソコンに向かってサイトのオプティマイゼーションをずっとやってて、背中を向けているのがDan。

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さて、本題の「10万件以上のA/Bテストをやってきてわかったこと」


Lesson #1 Define quantifiable success metrics 成功指標を数値で定めること。

数値を見るためには、色々なツールがあります。Google Analytics、mixpanel、Omniture Site Catalystなどなど。

オバマキャンペーンでは、まず、サイト訪問→メールアドレス登録→募金。。。という流れの中で、どこが詰まっているのかを調べてみたところ、メアドを登録した人の募金率が非常に高いのに、サイト訪問からメアド登録の歩留まりが非常に低いことがわかった。じゃあまずはそこからやろうと。

上にあるメディアと下の登録ボタンを変えていく。


まずはボタンを変えてみる。sign up、learn more、join us now、sign up nowの4つ。どれが一番クリック率が高いと思いますか?





私はjoin us nowだと思ったんです。直接的に登録してって言うより参加を促した方がいいのかなと。ところが、一位はlearn more だったんですよ。

メディアも見て行きましょう。get involvedの画像、家族の画像、changeの画像、オバマがカメラに向かって語りかける動画(barak's video)、springfieldでのイベントの動画、sam's videoと呼ばれる講演動画。動画をここでは見せられないので判断に困ると思いますが、どれが一番クリック率が高いと思いますか?ちなみに barak's videoは正直カメラに向かってポジショントークをしてる感じでつまらない。sam's videoは観客に向かって熱く講演している動画で、めちゃめちゃ素晴らしい。





私は一番いいのは sam's videoだと思ったんですが、動画はどうかなー(自分だったら嫌かなー)と。画像の中ではchangeの画像だと思ったのですが、インパクトはsam's videoが一番。

蓋をあけてみたら家族の写真が一番効果が高いことがわかった。。。なんだってー。動画は全部、全然ダメ。論外。

ちなみに会場での挙手では、ボタンも画像も、私と同じ選択肢が8割ぐらいだったので、ホントやってみないとわからない。先入観を持たずに、ちゃんとテストをしていかないといけない。

こちらが結果の画像。たしかに learn moreとfamily imageが高くなっている。

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組み合わせ結果。Observed improvement 40%って。。。すごい。

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A/Bテストの使用前・使用後の比較。メールの登録数、ボランティアの登録数、寄付金額などの全ての指標で恐ろしく効果が上がっている。

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Lesson #2 Explore before you refine 改善する前に実験してみよう

自分のサイトはイケてるという意識を持っていませんか?その思い込みをまずは捨てましょう。自分のサイトがちゃんとしていると思ってそれを改善することだけを考えていると、その改善ステップには入ってこない全然違うところに正解があったりするものです。思い込みを捨てないと、最善策にはたどり着けない。

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Crate & Barrel の事例。商品数が多いので、カテゴリを全部見せてあげないとユーザーは困ると思っていたけど、なくした方が効果が高かった。

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よかれと思って色々突っ込むけど、なくした方が AOV (average order value)も RPV(revenue per visitor)も高い。

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ちなみにこちらは今この瞬間行われている A/Bテスト。たくさん exploreして、今はrefineしてみている。

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CB2。縦のロゴを変えるなんて考えもしなかったのだけれど、やってみたら効果が高かった。

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Lesson #3 Less is more. Reduce choices. 選択肢を減らせ。少ないことは、よいことだ。

普通はナビゲーションは全部のステップで共通の物を見せるのだけれど、購入の時にナビゲーションを取っ払ってみたら、訪問者毎の購入金額が上がった。

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要素を減らすべし!減らすべし!減らすべし!エンゲージメント600%向上って一体。。。



画像があった方がよさそうに見えるんだけど、シンプルな方が効果が高いらしい。。。



Lesson #4 Words matter. Focus on your call to action. 言葉遣い重要。呼びかけは特に重要。

こちらは再びオバマキャンペーンのA/Bテストから。寄付を募るボタンに表示した文字を変更して、どれだけ効果が上がったかという事例なんだけれど、ここでは「未登録の人」「登録はしているが寄付はしていない人」「既に寄付をしたことがある人」など、色々なセグメントで見た時の効果について見ていく。登録したこともない人には「寄付してプレゼントを受け取ろう」が効くし、登録したけれど寄付をしたことがない人には「寄付をお願いします」が効き、既に寄付をしたことがある人には「貢献しよう」がきく。もちろんこれらは状況に応じて変更していく。このセグメンテーションはもちろん色々な切り口で見ることができる。


ハイチ基金のサイトでは、「登録」というボタンにするよりも「ハイチを支援しよう」の方が一人あたりの寄付金額が高くなった。


動画を見せるリンクには、「エピソードを見る」にするより「全てのエピソード」と書いた方がクリック率が高い。


「無料トライアル」より「無料で試してみよう」の方がクリック率が高かった。


ただ、この辺はサイトの特性や来訪者特性やクリエイティブなど色々な変数があるので、「この通りにすれば完璧」という方程式はない。実験を繰り返すべし。

なお、「ユーザーに何かアクションをとってほしいと思ったら、それをきちんと伝えないとダメ」だそうです。If you want people to do something, tell them to do it.

一度テストしてみて結果が出ると、どんどんほかも試したくなる。1つのA/Bテストの結果を見ると、10個ぐらいの次の案が出てきてしまうクライアントもいる。ただ、色々やっても大してかわらないという場合も、もちろんある。

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Lesson #5 Fail fast. 失敗はお早めに。

A/Bテストは万能ではないし、もちろん失敗もある。早く失敗して、原因を究明し、すぐに直して、よりよい物にしていくのが大事。Launch & iterate ですねえ。

失敗事例も色々ご紹介。IGNのサイトでは、動画のビューが高かったので、ナビゲーションでVideoの位置を改善し、もっと押しやすくしようと考えて一番左に持っていった。その結果、動画リンクのクリック率が92.3%ダウンという目も当てられない状態に。これは、IGNのユーザはいつもの動画のリンクを探しに行ってはないじゃんといって帰ってしまうということ。。。


Amazonの登場以来、「商品にはレビューを載せる」が常識となってきているが、レビューを乗せた途端コンバージョンが10%ダウン。なぜか。当然会社が推したいのは新商品。いいとこに掲載する。ところが、新製品には新しいのでレビューがついていない。よってレビューがついている物とレビューのついていない商品が並べられていると、ユーザーは不安に感じて買わなくなる。

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ユーザーのためによかれと思って購入前に税金を表示したところ、こちらも10%のコンバージョンダウン。

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Lesson #6 Start today 今日から始めよ!

Google Website Optimizer (Google Analytics)やOmniture Test &Target、そしてOptimizelyなど色々なツールがあるので、ぜひ使ってみましょう、とのこと。

ここで Optimizelyのデモ。すごくよく出来てる。

Optimizelyを使って、自分のサイトのURLを入れると、サイトが要素にわかれてそのまま編集できるようになる。コードを書けなくても、文字を変えたり、画像を変えたり、色々な変更をサイトに加えることができる。もちろん大企業のサイトではこんなこと許してもらえないけれど、スタートアップで、コードが書けないマーケッターで、エンジニアはクールな新機能を開発するのに夢中で、デザイン変更を依頼してもそうそう受けてなんかくれない。(あったあった。。。私も昔スタートアップやってんたんで、そういう時あった。。。)そんな時に、コードが書けなくても自分でサイトの変更がかけられちゃうというもの。まあ、これを読んでる皆さん思うところはおありだと思いますが (^^;;

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デモの動画。携帯で慌てて撮ったのでクオリティは低いですが雰囲気わかって頂ければ。



サイトの管理者の了承を得た後に、こういうスクリプトをコピペして埋め込みます。そう、コピペです。怖くない。(逆の意味で怖いけど)

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A案とB案のテスト結果。

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ページ毎の部分変更ではなく、テンプレートみたいなページ横断の変更もできる。

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モバイル対応は?と思ったら、iOS, Android, BlackberryなどのモバイルOSを選択すると、該当端末でのエミュレーション結果が出るというデモ。なので、たくさんの端末をテスト用に購入しなくてもいいという。(はい、これを読んでいる皆さん、言いたいことはわかるけどこらえてこらえて。。。w)

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Optimizelyで取れた膨大なデータは、ワンクリックでcsvでエキスポート出来る。

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ちなみにこの Optimizelyを使っているというクライアントリスト。結構すごい。



QAも面白かったので、ぜひ動画が公開されたらどうぞ。なお、「Be humble and admit that your site sucks -謙虚になって、自分のサイトがひどいって自覚するところから始まるんだよ」だそうです。

イベントの締めは、「人を採用したい会社の人、スタンダップ。どういう人材が欲しいかアピールどうぞ!」で、ものすごい数の会社の人が人材募集に来てました。司会の方も、実は今の会社に転職したのはこういうミートアップでの出会いがきっかけだったとか。みんな常に面白い仕事を探しているし、企業の側も常にいい人材を求めているので、こういうのはよい機会なんでしょうね。スピーカーのDanもすかさず「Optimizelyも今25個のポジション募集中なんでよろしく!」と一言 :)

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今までも出張で何度も来ていたのだけれど、出張だと朝から晩まで、ディナーも含めて会社の人達と缶詰になっちゃうので、外に出られない。会社の中の人の話ももちろん面白いんだけど、シリコンバレーは外に面白いことがいっぱいある。特に今は、オバマキャンペーンで頑張ってた人達がシカゴからバレーに戻ってきているので、色々な話がもっと聞けそうで楽しみ!

Disclaimer このブログは山崎富美の個人的なものです。ここで述べられていることは私の個人的な意見に基づくものであり、私の雇用者には一切の関係はありません。

2013年2月15日金曜日

渡米することになりました

Google Japanに入社して、開発者の支援をする仕事について約2年半。元々開発者でもなんでもない私がこの仕事について本当によいのか、仕事を始める前はかなり悩みました。

でも始めてみたら、自分自身が開発者ではなくても、開発者の皆さんが更に活躍するにあたってお手伝いできることは山ほどありました。

日本語の技術情報が少ないという問題に対して、どう解決していくか。女性の開発者が少ないという問題に対して、どう解決していくか。日本で大震災が起きたことに対して、技術者の皆さんに、どうやって力を発揮していただき、被災地に貢献するお手伝いをするか。東北の若者たちが開発者という道を選択肢に入れられるよう、どうお手伝いしていくか。これから Open DataやOpen Governmentの流れが日本でも加速していくと思われる中、そのデータを使う側の皆さんがどうやってデータを活かし、社会に役に立つ価値に変えていくのか。東京以外の開発者コミュニティを盛り上げ、最新情報を知っていただけるようにするか

色々考えて、一つ一つ解決すべくトライして来ました。「日本のインターネットのためになることをやりなさい。日本の開発者のためになることをやりなさい。」というのが入社した時に与えられた命題でした。どれだけその命題をまっとうできたかはわかりませんが、少しでも貢献できていればと思います。

日本の若者たちよ、慣れ親しんだ環境から世界へ出よう 
MIT メディアラボ 石井裕さんインタビュー

「進化論」のチャールズ・ダーウィンはこう言っています。「最も強い種族が生き残るわけではない。最も知能が高い種族が生き残るわけでもない。変化に対応できる種族が生き残るのだ」と。適応力こそがこれからの時代を生きていくために一番大事な力です。
これからは、慣れ親しんだ日本を離れ、新しい世界でチャレンジすることになります。まずは出張ベースで働き始め、後に移住することになります。

また、Google 本社で、新しい仕事を、これから作っていくことになります。「出杭力」「道程力」「造山力」をもって、頑張りたいと思います。

今の世の中、物理的にどこにいるかは関係なく、インターネットでつながっています。
ぜひ今後とも、よろしくお願いします。

最後に。Google Japan の Developer Relations チームでは、東京勤務の人材を絶賛募集中です。興味がある方はぜひご応募をお待ちしております!

Developer Relations Program Manager
Developer Relations Developer Programs Engineer, Android
Developer Relations Developer Advocate, YouTube
Developer Relations Developer Advocate, Google+

Developer Relations Developer Advocate, Chrome




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2013年2月8日金曜日

経済センサス「東日本大震災の被災地で事業所減る」

日経新聞の記事によると「東北3県、津波被災地で事業所減る 大槌町は72.5%減」とのこと。
経済産業省・総務省が29日発表した2012年経済センサスでは、東日本大震災の影響で廃業や休止に追い込まれている事業所が多い実態が浮き彫りになった。自治体別事業所数は、岩手県大槌町で09年比72.5%減宮城県南三陸町が69.0%減同女川町が68.1%減と大きなマイナスをつけた。津波被害が大きかった自治体で企業活動の再開が遅れている。  
岩手県、宮城県、福島県の被災3県で事業所数の09年からの変化を見ると、福島県が11.2%減と最も多く、宮城県が11.0%減岩手県が9.1%減となった。  
福島県内の市町村を見ると、東京電力福島第1原子力発電所の事故で全村避難が余儀なくされた川内村で事業所が52.8%減った。次いで広野町が51.3%減南相馬市が29.4%減と続いた。ただ、調査を実施した12年2月1日時点で避難区域に指定されていた双葉町や飯舘村などは今回調査を実施していない。

記事の元になった経済センサスを少し読んでみました。データをいくつか参考まで抜き出しておきます。

日本の企業数は409 万 6578 企業で平成 21 年の同センサスと比べると▲8.6%。売上高は 1302 兆 2523 億円、事業所数は 580 万 4223 事業所(同▲6.4%)、従業者数は 5632 万4千人(同▲3.6%) 。

産業別に見ると、「卸売業,小売業」が 92 万 9386 企業(全産業の 22.7%)と最も多く、次いで「宿泊業,飲食サービス業」が 54 万 1375 企業 (同 13.2%)、「建設業」が 46 万 2879 企業(同 11.3%)などとなっており、上位3産業で全産業の5割弱を占めている。

売上高をみると、「卸売業,小売業」が 400 兆 3043 億円(全産業の 30.7%)と 最も多く、次いで「製造業」が 342 兆 4426 億円(同 26.3%)「金融業,保険業」 が 110 兆 5161 億円(同 8.5%)などとなっており、上位3産業で全産業の6割強 を占めている。

1企業当たり売上高は、「電気・ガス・熱供給・水道業」が 343 億 4385 万円と最も多く、次いで「金融業,保険業」が 41 億 810 万円「複合サービス事 業」が 14 億 8484 万円。

事業所単位に売上高を調査している産業のうち、売上高が多い上位3産業の都道府県別売上高:

卸売業,小売業の売上高は、東京都が 169 兆 9193 億円(卸売業,小売業全体の 34.4%)と最も多く、次いで大阪府が 53 兆 1618 億円(同 10.7%)、愛知県 が 37 兆 257 億円(同 7.5%)。
製造業の売上高は、愛知県が 37 兆 2120 億円(製造業全体の 12.8%)と 最も多く、次いで神奈川県が 18 兆 9800 億円(同 6.5%)、大阪府が 17 兆 6975 億円 (同 6.1%)。
医療,福祉の売上高は、東京都が 27 兆 4763 億円(医療,福祉全体の 35.4%) と最も多く、次いで大阪府が4兆 3774 億円(同 5.6%)、埼玉県が3兆 4594 億円(同 4.5%)。

平成 21 年と比べた事業所数は全ての都道府県で減少しており、特に東日本大震災の被災地域での減少が著しい。(このグラフ、色にしてくれた方がわかりやすいのに。。。(^^;;;)

東京都が 70 万 7298 事業所(全国の 12.2%)と 最も多く、次いで大阪府が 44 万 5702 事業所(同 7.7%)、愛知県が 33 万 3599 事業 所(同 5.7%)。


従業者数も全都道府県で減少、特に被災地で減っている。

東京都が 874 万9千人(全国の 15.5%)と最も多く、次いで 大阪府が 439 万3千人(同 7.8%)、愛知県が 367 万3千人(同 6.5%)。


被災三県の個別データ。

●岩手県

市町村別の事業所数:大槌町が▲72.5%(本調査の 事業所数は 212 事業所)、山田町が▲60.0%(同 348 事業所)、陸前高田市が▲46.6% (同 657 事業所)となるなど、遠野市の+7.2%(同 1449 事業所)を除く全ての市町村で減少。


●宮城県

事業所数は、南三陸町が▲69.0%(本調査 の事業所数は 270 事業所)、女川町が▲68.1%(同 196 事業所)気仙沼市が▲40.0% (同 2674 事業所)となるなど、大衡村の+3.8%(同 297 事業所)、富谷町の+3.3% (同 1207 事業所)を除く全ての市町村で減少。



●福島県 

事業所数は、川内村が▲52.8%(本調査の 事業所数は 58 事業所)、広野町が▲51.3%(同 135 事業所)、南相馬市が▲29.4% (同 2538 事業所)となるなど、全ての市町村で減少




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2013年2月7日木曜日

Peel Art Exhibit

六本木ヒルズの野菜寿司屋さん、Potager で行われていた才田春光さんのピールアート展に行ってきました。撮影許可を頂いたので、ブログにもご紹介。

夜行ったので、明かりがついててとてもキレイ!


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ちょっと祭壇っぽい。

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一番上にズーム。

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みかんをつかった色々なアート。

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素材が何かを書いていないので、推測してみる。


玉ねぎ!

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これは蓮根かな?

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枝豆?

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柑橘類のヘタ。

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きゅうり

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きゅうりの輪切り?

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にんじん

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みかん

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うーん?

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お花

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アップより複数入れた方が面白いかも。

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素敵ですねえ。またピールアートやってみたくなりました :)

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